著書部門

1.受 賞 者  大澤美和

 

2.受賞著作  『個人所得税の改革と展望 マーリーズ・レビュー提案を中心に』泉文堂、202012

 

3.受賞理由

 本書は、副題にあるように英国で2010年にマーリーズ卿を座長とする研究グループによってまとめられた英国の税制改革案「Tax by Design」について、その中から個人所得税に関する課税を取り上げて論究し今後のあるべき制度を展望した研究書である。英国のシンクタンクIFSから公表されたこの税制改革案は、21世紀の理想的な税制改革案として500ページに及ぶ報告書としてまとめられたものであり、関連論文集「Dimensions of Tax Design」を加えてマーリーズ・レビューと称され、1978年のミード報告以来の税制改革案として注目され高く評価されてきた。

本書で取り上げた個人所得課税については、マーリーズ・レビューでは英国の制度が複雑で分りにくいため透明性を高め給付制度を含め簡素化した累進税率構造の個人所得課税を提言している。著者の大澤氏はマーリーズ・レビューに関する論文や学会発表などの研究実績があり、とくに本書に関する個人所得税に関しては、学位論文(千葉商科大学)でも課税の公平と効率の問題を労働所得課税をとおして研究し、本書でも資本所得課税についても国際比較しながらまとめている。

マーリーズ・レビューは多くの専門家によって理論・制度を踏まえてまとめられ高く評価されてきた税制改革案であり大部である。本書はそのうち個人所得課税について、著者のこれまでの研究論文を含めてまとめられている。本文は、序章:分析の視点、第1章:マーリーズ・レビューの概要、第2章:総合課税と分離課税、第3章:労働所得税をめぐる視点、第4章:資本所得税のあり方、第5章:労働所得税と給付付き税額控除、第6章:労働所得税と給付の統合、第7章:労働所得税とTagging、そして結びで構成されている。分量は索引まで含めて161ページであり、マーリーズ・レビューを課税のインパクトの分析等を国際比較とともに分かりやすくまとめられ、専門家でなくとも理解しやすい内容となっている。それゆえマーリーズ・レビューの研究書にしては分量の少なさもあり、物足りなさは否めないところもあるが、内容は分析を加えてポイントをまとめているので評価できる。

審査委員会としては、マーリーズ・レビューのうち個人所得税課に焦点を絞った議論は、わが国の個人所得税改正等に際して示唆を与えるものであり、ここで出版することに時宣をえていることもあげられ学会賞に値するものと判定した。

 

 

論文部門

 

1.受 賞 者  S. M. Jobayed Hossain

 

2.受賞論文  「Citizen Participation in Japanese Local Government: A Case Study of Kesennuma City

        『地方自治研究』Vol. 35, No. 2202011月。

 

3.受賞理由

本研究論文は、公共における市民参加(Citizen Participation)をテーマに、世界で導入が進められている市民参加予算に関連して、日本における地方自治体の市民参加の取組み状況について事例研究をとおして実態をまとめ論究した英語の論文である。市民参加予算は、世界的に政治参加が低調となるなかで補完的な民主的決定の取組みとして1990年代から南米から欧州、アジアに広まり実施されてきたが日本ではまだ実績がないため、市民参加の取組がある気仙沼市を選び、各層(民間、行政、議会等の18名)に個別にヒアリング調査を行い、市民参加に対する意識や活動、参加実態などを実証している。

 筆者は海外の市民参加を研究してきた博士課程の学生であるが、これまで市民参加に関する国際学会での報告や研究論文がありこの分野での実績がある。市民参加に関してはgood governanceに貢献することを論じ、気仙沼市の事例研究から日本の特質を論じている。日本では市民参加は、総合計画や環境政策、まちづくりなど地域の政策決定プロセスで実施され市民の参加機会は増えて透明性も高まってきた。また行政も広報誌をとおして情報提供や市民参加の機会が提供されてきた。しかしヒアリング結果からは、日本は市民参加の機会は多くあるが市民の参加意識は低いことが証されている。また行政も参加機会は提供するが取組としては形式的であると分析し、実態を踏まえた結果をまとめている。

 市民参加をテーマにした英語文献は多いが日本のケーススタディは限られている。そうした中で本研究論文は、調査対象は限定的であるが広く利害関係者を対象にヒアリング調査をもとに日本の地方自治体の取組実態を実地調査をもとにまとめたものであり、分析結果は興味深く学術的にも高く評価でき学会賞に値するものと判定した。

 

 

1.受 賞 者  大島 誠

 

2.受賞論文「水道PFI方式の有効性と限界―川井浄水場再整備事業を事例に」

      『地方自治研究』Vol. 36, No. 120215月。

 

3.受賞理由

 本研究論文は、水道のPFI事業について事例研究でその有効性と限界について論究したものである。PFI1999年に導入されてから主に地方自治体が事業主体となって公共施設の整備等に事業数で800余件、契約累計額で6兆円を超えるほどの事業が実施されてきたが、必ずしも見込まれた成果を上げたものばかりではなく廃止となった事業もあり、これまで日本式のPFIについて研究が重ねられてきた。本論の対象としたPFI事業は、横浜市が事業主体で最初の大規模浄水場全体の更新と運営管理の事業で2009年から25年間の事業期間であり、この事業の有効性と限界を現場のヒアリング調査も交えて分析しまとめている。

 PFI事業のメリットの1つは、VFMを指標として金銭的有効性があげられ一定の前提で算定された数値で有効性を確認することである。本事例研究でもコスト削減が対象事業の技術的優位やコスト面のメリットが説明されて数値で示されている。また各種リスク配分と環境負荷についても言及し論究されている。PFIの研究は、最近は失敗事例の分析から適切なリスクマネジメントなどの改善策等が論じられ、PFI事業の数も再び増加している。今後も地方財政が厳しい中でインフラ整備が求められる状況にあり、PFIによる整備は失敗なく実施していく必要性が高い。

 本論文は、日本で最初に実施された水道のPFI事業を選んでPFIの有効性を金銭的効率性で検証し、リスク配分の問題と環境面の評価も含めて分析した論文である。世界で水道事業の再公営化が議論される中で、改めてPFI事業について事例をとおして有効性と限界を検証した意義は学会のみならず実務においても大きいと評価し、学会賞に値するものと判定した。